その29
         「オタネ浜」の巻(1986. 9.bQ)         

 (質問の1)札幌市に海はあるか? 
 答の1、単純明快に札幌市に海は「無い」と答える人が多い。
 答の2、思慮深そうに暫く考えて僅かな巾だが、海は「ある」と答える
人もいる。
「ある」と答えた人に理由を聞くと、新川の川口から約千米程上流に、札
幌市の「手稲処理場」の立派な施設がある。あれは札幌市の施設だから、
土地も札幌市の筈だ。そうして、そこで浄化処理された汚水は新川に放流
される筈だから、道義的にも他市町村の川に流すわけにはいくまい。そう
なると新川の両岸を札幌市は帯の様に細長く日本海まで伸びている筈で、
僅かではあっても札幌市には海が「ある」というのだ。成程、もっともら
しい理由だが、札幌市に海は「無い」のが正解だ。
 札幌市は新川の川口から約500米上流で終っている。
(質問の2)日本海の沿岸で、小樽市と石狩町の境界はどこか?
 答の1、それは「新川」だ、と答える人が多い。(昔はそうだった)
 答の2、これまた一寸考えて、石狩新港とのカラミもあって、石狩側に
ずっと伸びている筈だと答える人もいる。
「答の2」が、ほぼご正解に近いが、これだけでは明確ではない。
 詳しくは、小樽市は新川口を越えて伸びに伸びて、これから石狩新港の
内陸部掘り込みが始まるあたり、花畔(ばんなぐろ)の旧十線浜付近にま
で達しているのだ。即ち石狩平野に掘りこんで造られる「内港」の西側は
小樽市、東側が石狩町となるわけだ。
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 前おきはこの位にして、昔から札幌市民の海水浴場は先ず「銭函」だった。札幌駅からは臨時列車が増発され、子供達はあけはなたれた車窓から、チリ紙をテープの様に切り伸ばしたものをなびかせ、時々汽関車の吐き出す「石炭ガラ」が眼に入ったと、泣き出すのもいたりするのが、夏の風物誌の一つでもあった。
 銭函駅で降りて跨線橋を渡ると、駅舎にはビッシリと燕の巣。改札口を出ると大きな天幕が二張程並んでいて、向い側の名物の「甘酒まんじゅう屋」の軒先には「氷」の吊しノレンがぶら下っていた。
 駅の突き当り付近は石原の海岸だから砂浜までは暫く、カンカン照りの下を歩かなければならない。道は駅から間もなく右に折れ曲り、褌の様に延びた町並を左右にみて約500mも行くと、民家の途絶えた右手にポツンと小さな缶詰工場があって、このあたりから左側一帯が海水浴場。よし簀張りの休憩所も数軒並んでいた。
 休憩所から更に砂浜を200米程も石狩方向に向うと「星置川」の一支流が小川となって海にそそいでいたが、人影もこのあたりまで−というのが当時の姿だった。
 しかし、札幌の急激な人口増に伴って、海水浴客の人の群は、この小川を超えて奥へ奥へと延びていった。これでは銭函駅から子供連れの往復がユルクない。そこで昭和38年頃、札幌市交通局で開発したのが、「大浜海水浴場」だった。都心から海水浴場まで「市バスで直行」−がキャッチフレーズだったが、これがバカウケして現在の大盛況となってしまった。
 ところで、「大濱」の名称はどこからかといえば、「オタネ濱」からきているのだ。ここでやっと本題に入ってきたことになる。
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 手稲山塊から発した星置川は有名な「星置の滝」を経て、国道5号線付近で二手に別れて一方は銭函の市街を流れて海へ、(今では切り替えられてはいるが)もう一方は海岸線と平行に右へ右へと延びて現在の新川口で海にそそいでいた。この星置川の分流を和人は清川(すみかわ)と称し、現在でもこの川筋が、札幌・小樽両市(以前は手稲町と銭函町)の境界となっているが、古くはアイヌが〈オタ・オル・ナイ〉と呼んでいた川だ。
 オタ=砂浜
 オル=内側(なか)
 ナイ=川
と、いうわけで何のことはない。砂浜を流れる川だ。
 オタオルナイの川口、今の新川口に、松前藩時代には漁場として「小樽内場処」があり、これが後年、現在の小樽市内の港町付近に移転したが、移転後も「小樽内場所」と称したので、「小樽市」の名称もこれから生じたものだ。
 一方、「小樽内場所」は移ったものの、漁民の一部落はそこに残った。そうしてアイヌはこのあたりの海岸を、「オタ・ネイ」と呼んでいたが、先にも述べたように「オタ」は砂浜のこと。「ネイ」は其所にあるという意味だから単純に「砂浜」と考えて良い。
 この「オタ・ネイ」が縮まって「オタネ浜」となり、この「オタネ部落」も、小さな神社と共に、石狩新港工事による立ちのきを強いられる、昭和40年代の前半までは、十線浜の部落と同様に残存していたのだ。
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「オタネ浜」は忘れ去られようとはしているが、「小樽市」として名をとどめ、「大浜海水浴場」としての今日の大盛況を目にすれば、
〈オタネ浜よ、もって瞑すべし〉
と、云うべきかもしれない。